Oct 07, 2010

何でも代行しています。電話代行も。

電話代行はどんなのだろうか。初めて聞いた言葉である。 ○○代行、というのは最近の流行であるかの電話まで代行することになったのだろうか。もちろん、電話緊張する時もある。しかし、代行してもらうだけのものだろうか。あるいは小学生が習い事に行きたいと思わないだけで、電話代行を要求してお母さんに一番して、休暇の電話をかけてもらうなどのようなのだろうか。何しても理解するのは難しいのだ。
主婦、パート、で求人検索をすると、私の地域では、コールセンターの求人がたくさん出てきます。最近の新しい施設のフロアのすべてのコールセンターなったことグプモガなったようです。私の住む北海道は、イントネーションなど、比較的標準語に近いか、交代織り方も様々に対応できるので、主婦のためのパーツとして人気があるようです。
【杉浦美香のさくらんぼ白書】

 世界で一つ、空気を祀(まつ)った神社があることをご存じだろうか。山形県朝日町の山奥に、ひっそりと存在する。火の神も水の神もあるのに、なぜ生き物になくてはならない空気を祀った神社がないのか、という町の一人の翁の疑問から始まったという神社は、パワースポットでもある。また、山形には、人の犠牲になった草木に感謝する草木塔も数多く存在する。未曾有の東日本大震災が起き、福島第一原発事故では環境汚染が続いている。空気神社で永田町の面々、東京電力の幹部に物申したい。

 ■年に1度のご開帳

 JR山形駅から車で約1時間余り。カラっと晴れ上がった6月4日、まだ不慣れな運転ながら朝日連峰のふもとにあるAsahi自然観という宿泊施設を目指して車を走らせた。

 広場からさらにかつての山伏道だったブナ林を約200メートルほど進むと、5メートル四方のステンレス製の板が現れた。この板が本殿だ。空とブナの木漏れ日がみがき抜かれたステンレス板に鏡のように映し出している。

 「世界環境デー」の6月5日を、町は条例で「空気の日」と定めており、土日にあたった今年は4、5の2日間、年に1度のご開帳が行われていた。

 町観光協会の人が支えてくれるはしごで後ろ向きになって地下に降りると、ヒヤっとした空気に触れる。

 中には素焼きのカメが12個収められており、ぐるっと四方を回れるようになっていた。

 「のぞいてみてください。ご神体がありますから」

 という協会の方の説明にカメをのぞきこむと何も見えない。もちろん、空気がご神体なわけだから当然だ。ただ、地下の空間でお参りのかしわでなどの音が響き、空気の神様を音でも感じられるようになっている。

 ■白川翁のスピリット

 空気神社が生まれたきっかけは約40年前に遡(さかのぼ)る。白川千代雄という翁が昭和47年5月、森林組合の席上、「ブナ林の中で働くと疲れが少ない。空気のおかげで生きているのだから、空気と生み出す森に感謝しないと、たたりを受ける」と、空気神社建立をぶちあげたという。

 農業をしていたという白川翁は山深い朝日町に、当時すでに減ってきていた芸者を養成する学校を作ればよいと提案するといった一風、変わり者だったという。昭和61年に73歳で亡くなったが、白川翁の提案は1年後に蘇ることになる。

 過疎が問題になっている同町の町おこしの一つとして、地元の建設会社の社長で昭和62年に観光協会会長に就任した菅井敏夫氏が中心になり、「他にはない物を」ということで空気神社建立に動き出すことになった。神社ということだったのため行政がかかわらず、民間で資金を集めるという方式をとることになった。

 菅井氏も今年2月に亡くなっており、当時を知る人は町でも数少なくなっているが生存者の一人、滝川清一氏(76)に話を聞いた。滝川氏は空気神社の意義を説き、協力をとりつけるために奮迅した一人だ。

 「当時、観光なんてなかったようなもので、働いて食べることができることに手一杯だった。夜、朝となく集落をまわったが、とんでもないといった反応だった。空気神社の御利益は何なんだと必ずといって聞かれた…」

 想像に難くない。参るという行為には無病息災であったり、交通の安全や出産であったり、そこには何か“お願い”がある。しかし、空気神社の御神体は空気、つまり形としては何もなくまして、訴える御利益はない。

 しかし、公害による大気汚染が問題になり、環境意識の高まりも味方した。1992年、ブラジル・リオデジャイロで地球サミットが開催されるということで環境問題と絡めて、空気神社がメディアで紹介される機会が増えることになった。メディアの露出とともに寄付も集まり、500万円といった大口もあった。1口1万円だったが数千円といった少額の寄付者も少なからずいたという。朝日町出身者を中心に5000万円近く集まり、本殿前の石碑にずらりと寄付者の名前が刻まれていた。

 「私の名前もあります」

 神社に案内してくれた川口幸男・産業振興課長が指さした先に川上課長の名前もあった。

 全国区になり、空調メーカーのダイキン工業やプチプチで知られる川上産業(名古屋市)の関係者が毎年、お参りに訪れるというが、建立時にそういった大企業の寄付はなく、朝日町出身者や町民らの熱い思いで建立にこぎつけたという。

 ■環境庁長官も出席

 コンペで最優秀に選ばれた東北工業大学の谷津憲司助教授のデザインに基づいた本殿が完成したのは平成2年。その完工式に、環境庁長官だった北川石松氏が出席した。

 空気、自然に感謝するという空気神社の考えに感銘をうけた北川氏は「各国の環境大臣が出席するジュネーブで開かれる国際会議で空気神社のメッセージを伝える」とまで約束したという。

 政局で北川氏は出席できずに当時の事務次官が国際会議で披露したというが、空気神社は世界に紹介されることになった。

 オゾン層破壊を防ぐ、地球温暖化対策のための温室効果ガスの排出量削減といった大上段に構えた理屈より、生き物にとってなくてはならない空気に感謝するといった素朴な行為で、環境問題について考える、行動する方が、あらゆる物に「神」が宿るといった、アニミズムが太古から流れる日本人にはわかりやすいと言ってよいのではないか。

 参拝者にインタビューしてみた。「ふだん意識していなかったが環境問題を考えるきっかけになった」「原発事故による放射能汚染が早く終わってほしい」などという声がかえってきた。

 ■自然への畏敬(いけい)

 「空気神社は形があるわけではなく、心の中にいる神に祈るということだ。自分ではこうやれる、私はこうありたいと大げさに考えるのではなく、感謝するということだ」と、滝川氏は空気神社のスピリットを説明する。

 また、山に囲まれた山形には、160基近く草木塔(そうもくとう)という、人のために役立ってくれた草や木を供養する石碑が存在している。自然はけっして人に優しいばかりではない。しかし、自然に相対するのではなく感謝する。

 「自然を畏怖(いふ)し、畏敬するという中で塔が建てられたのではないか。自然を征服するといった人間中心主義ではなく、自然に生かされていると感じる。地震があり、津波があったが、こうした考え方を基本に、東北再興を支柱にすべきではないか」と、草木塔の研究者でもある仙道富士郎・前山形大学長は指摘する。

 この草木塔については、また、別の機会で報告するが、山形にはこうした自然の力、神を感じることができる「パワースポット」が多く存在する地でもある。

 ■巫女の舞

 空気まつりの2日間の期間中、地元、和合地区の宮宿小学校5、6年生が巫女装束に身をまとい、鏡のようなステンレス板の本殿上を優雅に舞っていた。シンとした澄んだ空気を、舞の動きからも感じることができる。しかし、そんな山々の空気もまた放射能拡散にさらされている。

 白川翁は空気神社建設を提案するとき、「空気とそれを生み出す森や自然に感謝しないと、今にたたりを受ける。空気を汚す人にはたたりがくる」(西澤信雄著の「空気ものがたり」より)と話したという。

 自分たちだけの「大義」を振りかざしている永田町を見ていると自然への畏怖、畏敬を忘れてしまっているようにしか思えない。福島原発事故処理に追われている東京電力も然りだろう。「想定外」だったとして多くの人命が失われ、環境汚染が続いている。東北で培われてきた「自然をいとおしむ」「命をいただく」スピリットの原点に戻るべきだろう。(山形支局長 杉浦美香)

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